Story #1
冬のロンドンは紅茶の香りと共に 1
 ロンドン、ストランド通り216番地。日付けは2000年1月18日。ロンドンの街は葉を落としたプラタナスの黒いシルエットに包まれ、凍てつく寒さ。行き交う人々は分厚いコートをしかっりと着込み、みんな足早に通り過ぎます。
 トラファルガー広場からセントポール寺院へ通じるストランド通りの一角に、金色のライオンと三人の中国人の像が目立つ小さな店があります。間口が2メートル足らずしかないその店は、とても小さいので、つい見逃してしまいそうですが、英国紅茶の老舗(しにせ)中の老舗、トワイニング本店としてあまりにも有名な建物です。今日の目的はここ。トワイニング社の歴史は即、英国紅茶の歴史そのものといわれますが、これから10代目当主のスティーブン・トワイニングさんにお会いすることになっているのです。
 まだ40代の若い当主のスティーブン氏自ら熱いダージリン茶を入れて、歓迎してくださいました。1杯目はストレートで。2杯目からは牛乳を入れてクリームブラウン色を愛でながら。金獅(し)子の紋章が入ったロイヤルドルトンのティーカップは、スティーブンの大きな手の中では、おもちゃのカップのように小さく見えます。ちょうど時は昼前。ああ、これがイレブンジズのお茶の時間になるなあと思いながら、クッキーをつまんではお代わりのお茶をおいしくいただき、トワイニングの歴史を語る彼の話に耳を傾けるのでした。
 店の奧はあたかも小さなミュージアムのような趣です。初代当主のトーマス・トワイニングは1706年にこの隣りに「トムのコーヒーハウス」を開店したそうです。初めはコーヒーを商っていましたが、先見の明に長けていたため、やがてこの建物を買って「ゴールデンライオン」という名の英国初の紅茶専門店を開業したのです。
 当時のコーヒーハウスはおしなべて女人禁制でしたが、この店は初の女性が入場できる店として大いににぎわったということです。アン女王が毎朝紅茶を飲んでおられると聞くと、アタシもアタシもと女性が紅茶を買いたがり、大流行していったのだとか。どうも英国人は、自分より上のアッパークラスを志向する願望が強い傾向があるようです。
 スティーブンは「これは何かわかりますか?」と言って傍らの木箱を取り上げました。上部にスリットが開いていてT・I・Pと書かれた郵便受けのような箱。「これは、トウ・インシュア・プロンプトネスの略で『迅速なサービスを保証するために』という意味があり、チップの語源になった箱なのです。」当時、トムのコーヒーハウスに置かれていたもの。これにコインを落としチャリンと音がすると、店員が駆けつけて優先的にすぐコーヒーを持ってきたのだ、といいます。トムのコーヒーハウスがチップの生みの親だったとは。


イラスト:松本 令子  
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